大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)1340号 決定 1991年5月15日
債権者
西日本旅客鉄道労働組合
右代表者中央執行委員長
大松益生
債務者
長田勇
同
小田敏男
同
奥島彰
同
尾崎康義
同
岸本隆雄
右五名代理人弁護士
水嶋晃
同
寺崎昭義
同
町田正男
主文
一 本件仮処分命令の申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一申立て
一債務者らは、適法に招集された債権者の臨時大会に、正当な理由なく欠席したり、その他右大会の開催を妨害する一切の行為をなしてはならない。
二債務者らは、債権者の中央執行委員として忠実に職務を執行し、債権者組合の適法な運営を妨害してはならない。
第二当裁判所の判断
一本件疎明資料及び審尋の経過によれば以下の事実が疎明される。
1 債権者は略称JR西労組といい、申立外西日本旅客鉄道株式会社(略称JR西日本会社)及び関連企業に雇用されている者ら約三万三六〇〇名で組織された労働組合であり、中央本部には最高議決機関としての中央本部大会、これに次ぐ議決機関としての中央委員会、右両機関の決定の執行機関(及び緊急事項の決定機関)としての中央執行委員会等の機関がある。
2 債務者らはいずれも平成元年七月一五日に開催された債権者の第四回定期中央本部大会において選出された中央執行委員であり、中央執行委員会において、債務者長田勇が「政策」担当部長、同小田敏男が「法律対策」担当部長、同奥島彰が「組織共闘」担当部長、同尾崎康義が「組織サークル」担当部長、同岸本隆雄が「業務」担当部長と定められ、各自その担当任務の業務を執行してきた。
3 債権者は、旧国鉄の分割・民営化、JR各社の発足直前である昭和六二年三月に結成され、結成と同時に全日本鉄道労働組合総連合会(略称JR総連)に加盟し、これと密接な関係をもって活動してきたが、平成二年秋ころから債権者内部においてJR総連からの脱退を求める意見が出るようになった。
4 平成三年二月一九日に開催された債権者の第九回定期中央委員会において、債権者代表者大松中央執行委員長(以下「大松委員長」という。)は、議事冒頭のあいさつで、債権者と「JR総連との関係を断絶すること」を討議することを求める趣旨の発言をした。
しかし、右問題に関しては中央執行委員会において意思統一がなされていなかったことから、債務者ら五名の中央執行委員が、大松委員長が個人の判断で突然右の発言を行ったことに抗議するとして退席し、また一〇名の中央委員が「大松委員長発言の撤回」を求める緊急動議を提出するなど紛糾し、そのため中央委員会は休会となり、改めて平成三年三月三〇日午前九時に再開招集された。
5 右再開中央委員会には五六名の中央委員全員が出席したが、中央委員会を構成する(会計監査員六名を除く)中央本部役員一六名中債務者ら五名の中央執行委員が、再開招集手続の違法及びJR総連問題に対する議長の議事運営の不公正を主張して出席を拒否し、別に一名が病気のため欠席したため、中央委員会を構成する中央本部役員の定足数(一六名の三分の二以上すなわち一一名)に一名不足し、再開中央委員会は不成立となった。
また、平成三年四月二三日にも臨時中央委員会が開催されたが、前回同様債務者ら五名の欠席と他の一名の病気欠席により定足数を欠き、会議は成立しなかった。
なお、中央執行委員会も中央委員会におけるのと同様に債務者ら五名の欠席及び他の一名の病気欠席により定足数を欠き、平成三年二月一九日以後一度も会議は成立していない。
6 右のような状況の下で平成三年四月末から五月初めにかけて、代議員一九一名中一二九名から、臨時中央本部大会の開催請求がされた。これは組合規約一九条三項(<書証番号略>)に定める「代議員定数の三分の一以上の代議員から請求のあったとき」の開催要件を満たすものである。
そこで大松委員長は、平成三年五月二日付で、予定議題を左記のとおりとする臨時中央本部大会を同月一六日午後二時から六時までの予定で大阪市西区靱本町一丁目八番地四所在の大阪科学技術センター会議室にて開催する旨の招集通知を大会構成員全員(代議員一九一名及び中央本部役員二二名)に対してなした(<書証番号略>)。
記
(1) 中央本部役員の執行責任について
(2) 第八回中央委員会以降の執行経過について
(3) 暫定予算案について
(4) 上部団体「JR総連」との断絶について
(5) その他
7 ところで組合規約一九条一項(<書証番号略>)によれば、中央本部大会の構成員は「代議員及び中央本部役員」と定められており、中央本部役員のうち会計監査員六名が除外されていない点で、中央委員会、中央執行委員会の場合と異なる。
そして同条四項(<書証番号略>)によれば、中央本部大会の成立要件は「代議員の三分の二以上、中央本部役員の三分の二以上の出席」と定められているから、中央本部役員については二二名中一五名の出席があれば定足数を満たすことになるが、債務者ら五名は右五月一六日開催予定の臨時中央本部大会にも欠席する意向であるため、他に三名以上の中央本部役員の欠席者が出れば、右臨時中央本部大会は成立しえないことになる。
二申立て一について
前記認定の事実及び本件審尋の経過によれば、本件申立て一は、要するに、債務者ら五名が中央本部大会に欠席すると、他にわずかの欠席者が出るだけで大会の成立要件である中央本部役員の定足数を欠くことになるため、債務者らに対し、平成三年五月一六日開催予定の臨時中央本部大会をはじめとする適法に招集された債権者の臨時中央本部大会に出席することを求めることに尽きるものと考えられるところ、前記認定の事実によれば、平成三年五月一六日開催予定の臨時中央本部大会は、規約にしたがって適法に招集されたものであることが疎明されているし、他の臨時大会についてもそれが適法に招集されたものであれば、債務者らは債権者の中央執行委員として、病気などの特別の事情のないかぎり、いずれもこれらに出席する義務を負うものとは考えられる。
しかし、一般的に「適法に招集された債権者の臨時大会」に出席を求めるとか欠席してはならないとかいう趣旨の申立てが抽象的にすぎることは一応おくとしても、そもそも特定の大会についてであろうと一般的にであろうと、債務者らを含めて出席の義務を負う者の臨時中央本部大会への出席の確保といったことは、本来、債権者内部で自治的、自律的に処理すべきことであり、その出席義務を一般私法上の義務ととらえて裁判所がその義務履行を強制できる性質のものではないし、また、かりに申立ての趣旨にそって債務者らに出席を命じ、あるいは欠席を禁じてみても、適切な執行方法がないから、そのような申立ては、結局単にもっぱら債務者に心理的強制を与えることのみを目的とする仮処分命令を求めることになるものといわざるをえない。したがって、右のような申立ては不適法なものというほかない。
また、申立て一のうち臨時中央本部大会の開催を妨害する行為の一般的禁止を求める部分については、債務者らが臨時中央本部大会の開催を妨害する行為をなしたこと、または今後そのおそれがあることにつき、それを肯定するに足る具体的な主張も疎明もないから、理由がない。
三申立て二について
前記認定の事実及び本件審尋の経過によれば、本件申立て二は、要するに債務者ら五名が債権者の中央委員会、中央執行委員会に欠席すると、他に一名がひきつづき病気欠席することが予想されるので、いずれの会議も定足数を欠いて成立せず、必要な案件について審議・議決することができないため、これらの会議を適法に成立させられるよう債務者らに対して中央委員会、中央執行委員会に出席することを求める趣旨のものと解されるところ、たしかに債務者らは債権者の中央執行委員として、病気などの特別の事情のないかぎり、中央委員会、中央執行委員会に出席する義務を負っているとは考えられる。
しかし、債務者らを含めて出席の義務を負う者の中央委員会、中央執行委員会への出席の確保も、前記のとおり、本来、債権者内部で自治的、自律的に処理すべきことであり、裁判所が一般私法上の義務として出席義務の履行を強制できる性質のものではないし、また、かりに債権者らの申立ての趣旨にそって債務者らに中央委員会、中央執行委員会への出席を一般的に命じてみても、前示の中央本部大会への出席を求める申立てと同様適切な執行方法があるとは考えられず、結局単にもっぱら債務者に心理的強制を与えることのみを目的とする仮処分命令を求めることになるものといわざるをえないから、本件申立て二が右の趣旨のものであるとすれば、その申立ては不適法なものというほかない。
なお、債権者は債務者らが自分たちと対立する大松委員長以下の他の中央執行委員につき悪口雑言の限りをつくしたビラ等を組合員等に多数配布することによって組合の適正な運営を阻害しているとも主張している。たしかに本件疎明資料(<書証番号略>)によれば、債務者らと主張を同じくするグループが、大松委員長以下の他の中央執行委員に対して厳しい批判を展開していることは疎明されるが、本件全疎明を総合しても、右の行為を仮処分の方法によって事前に差し止めなければならない具体的な理由があることを認めるまでにはいたらず、また、他に債務者らがその中央執行委員としての職務の執行を怠ったり組合の適法な運営を妨害したこと、または今後そのおそれがあることにつき、それを肯定するに足る具体的な主張も疎明もないから、結局本件申立て二も失当である。
四結論
以上、本件仮処分命令申立ては理由がないのでこれを却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条にしたがい、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官大段亨 裁判官水谷美穂子)